大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和56年(オ)927号 判決

上告人

新日本工機株式会社

右代表者

山口久吉

右訴訟代理人

木戸孝彦

池田映岳

原田肇

被上告人

三昌機械株式会社破産管財人

山田治男

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

被上告人の本訴請求を棄却する。訴外東洋エンジニアリング株式会社が昭和五四年八月八日東京法務局に対し昭和五四年度金第五四三五九号をもつて供託した金六六五万円の還付請求権は上告人がこれを有することを確認する。

訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人木戸孝彦、同池田映岳、同原田肇の上告理由について

原審が確定した事実関係によれば、(一) 上告人は、昭和五一年五月三一日訴外三昌機械株式会社(以下「破産会社」という。)に対し工作機械三台(以下「本件工作機械」という。)を代金一億三三〇〇万円で売り渡した、(二) 破産会社は、同年六月一〇日訴外東洋エンジニアリング株式会社(以下「東洋エンジニアリング」という。)に対し本件工作機械を代金一億四三五〇万円で転売した、(三) 東京地方裁判所は、昭和五二年一〇月三日午後三時破産会社に対し破産宣告決定をし、被上告人をその破産管財人に選任した、(四) 上告人は、右転売に基づく代金債権のうち六六五万円について、債務者を被上告人、第三債務者を東洋エンジニアリングとする債権差押・転付命令(以下「本件差押・転付命令」という。)を得、右命令は、昭和五四年四月一一日被上告人及び東洋エンジニアリングに送達された、(五) 東洋エンジニアリングは、同年八月八日東京法務局に対し本件差押・転付命令に係る六六五万円を債権者不確知を理由として供託した(以下「本件供託金」という。)、というのである。

そして、原審は、先取特権者は、物上代位権の対象となる債権が他から差押を受けたり、又は他に譲渡若しくは転付される前にこれを差し押えない限り、右差押債権者等の第三者に対し物上代位に基づく優先権を対抗することができないものと解すべきであるとしたうえ、破産宣告は、破産者の財産につき破産財団を成立させ、右財産に対する破産者の管理処分権を剥奪し、これを第三者たる破産財団の代表機関の破産管財人に帰属させるものであるから、物上代位の対象となる債権が他から差し押えられたり、又は他に譲渡若しくは転付された場合と同様に、これが民法三〇四条一項但書にいう「払渡」に該当するものと解すべきであるとし、破産会社の破産宣告後にされた本件差押・転付命令は無効であると判断し、本件供託金の還付請求権が被上告人にあることの確認を求める被上告人の上告人に対する本訴請求を認容し、右還付請求権が上告人にあることの確認を求める上告人の被上告人に対する反訴請求を棄却している。

しかしながら、民法三〇四条一項但書において、先取特権者が物上代位権を行使するためには金銭その他の払渡又は引渡前に差押をしなければならないものと規定されている趣旨は、先取特権者のする右差押によつて、第三債務者が金銭その他の目的物を債務者に払渡し又は引渡すことが禁止され、他方、債務者が第三債務者から債権を取立て又はこれを第三者に譲渡することを禁止される結果、物上代位の対象である債権の特定性が保持され、これにより物上代位権の効力を保全せしめるとともに、他面第三者が不測の損害を被ることを防止しようとすることにあるから、第三債務者による弁済又は債務者による債権の第三者への譲渡の場合とは異なり、単に一般債権者が債務者に対する債務名義をもつて目的債権につき差押命令を取得したにとどまる場合には、これによりもはや先取特権者が物上代位権を行使することを妨げられるとすべき理由はないというべきである。そして、債務者が破産宣告決定を受けた場合においても、その効果の実質的内容は、破産者の所有財産に対する管理処分権能が剥奪されて破産管財人に帰属せしめられるとともに、破産債権者による個別的な権利行使を禁止されることになるというにとどまり、これにより破産者の財産の所有権が破産財団又は破産管財人に譲渡されたことになるものではなく、これを前記一般債権者による差押の場合と区別すべき積極的理由はない。したがつて、先取特権者は、債務者が破産宣告決定を受けた後においても、物上代位権を行使することができるものと解するのが相当である。これと異なる原審の判断には民法三〇四条一項の解釈適用を誤つた違法があるといわざるをえず、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由がある。

そして、原審の適法に確定した事実関係によれば、本件供託による還付請求権が被上告人にあることの確認を求める本訴請求は理由がなく(なお被上告人は、本件破産手続において上告人が本件差押・転付命令の申請前に本件先取特権の被担保債権を一般破産債権として届け出ており、それが確定したのであるから、上告人は本件先取特権を放棄したものであり、そうでなくてももはや別除権を行使することができない旨主張するが、このように解すべき理由はない。)、また、右還付請求権が上告人にあることの確認を求める反訴請求は理由があるから、被上告人の右本訴請求を認容し、上告人の右反訴請求を棄却した第一審判決に対する上告人の控訴を棄却した原判決を破棄し、右第一審判決を取り消したうえ、被上告人の右本訴請求を棄却し、上告人の右反訴請求を認容すべきである。

よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(藤﨑萬里 中村治朗 谷口正孝 和田誠一)

上告代理人木戸孝彦、同池田映岳、同原田肇の上告理由

第一、原審判決には以下に述べる通り判決に影響を及ぼすこと明らかな法令解釈の誤りがあり破棄されるべきものである。

一、民法三〇四条の解釈の誤りについて

(一) 原審判決は、その理由において民法三〇四条一項但書が、先取特権者が物上代位権を行使するには金銭その他の物の払渡又は引渡前に差押をなすことを要すると規定した趣旨は、そもそも同条一項本文の物上代位権が先取特権者を保護するため特に法の認めたものであつて、第三債務者による払渡等のなされたのちにおいては、もはやこれを行使することができないものとされていることに鑑み、単に物上代位権の対象となる債権を特定し、債務者並びに第三債務者に対しその処分を禁止して法律上これを凍結するためだけではなく、物上代位権の存在を他の債務者等の第三者に対する関係においても公示させ、取引の安全をも図るところにあるものと解するのが相当であるとし、物上代位権の対象となる債権が他から差押を受けたり他に譲渡もしくは転付される前にこれを差押えない限り、先取特権者は右差押債権者等の第三者にその優先権をもつて対抗することができない、また先取特権者は破産宣告前に物上代位権の対象たる債権を差押えない限り第三者たる破産管財人に対し別除権の行使として物上代位権を行使して優先権を主張することはできないと解すべきであるとしている。

しかしながら以下に述べるように民法三〇四条の物上代位権は代位物たる債権の上の法定債権質権類似の優先権であり、担保権者は一般債権者が当該債権を差押えても、さらに転付命令を取得した後でも、また当該債権が譲渡された後でも当該債権については右優先権を主張でき、また債務者が破産した場合は別除権者として破産手続によらずに権利を行使しうるものと解すべきである。

そして民法三〇四条が物上代位権の行使の要件として差押を必要としたのは代位物たる債権の特定性を確保するためであり、他の債権者や当該債権の譲受人あるいは破産管財人に対し優先権を保全するために必要とされるものではなく、従つて右優先権を主張するためには何ら差押を必要としないと解すべきである。

(二) 物上代位権の本質とその効力

1 先取特権、質権等の担保物権は、担保権者が担保物の交換価値を把握し、これを優先弁済に充てる権利であるから担保物が何らかの理由でその交換価値を具体化したときは、担保物権はその具体化された交換価値(代位物)の上に効力を及ぼすことは当然であり(我妻・新訂・担保物権法一七頁、二七六頁)、従つて民法三〇四条(質権等にも準用されている)の物上代位権は代位物たる請求権の上の法定債権質権に類似した優先権と解すべきものである(我妻・前掲二九〇頁、東京地判昭四四・二・一八判時五七五号四二頁、今中・NBL一九九号二三頁ないし二四頁)。

2 右の如く物上代位権は代位物たる債権の上の法定債権質権類似の優先権であるから、担保権者は一般債権者が当該債権を差押えても、さらに転付命令を取得した後でも、また当該債権が譲渡された後でも当該債権について右優先権を主張でき(我妻・前掲二九〇頁ないし二九二頁、柚木・高木・新版担保物権法二八三頁ないし二八四頁、川井・担保物権法五九頁)、転付債権者、債権譲受人は質権つきの債権を取得したのと同様の地位にあるものと解すべきである(我妻・前掲同所)。

そして民法三〇四条が物上代位権の行使の要件として差押を必要としたのは代位物たる債権の特定性を確保するため、すなわち担保物の売却等により債務者が受くべき金銭その他の物がそのまま債務者の一般財産に混入すると担保権者がどの財産につき優先権を有するかが判然としなくなるので優先弁済の対象を特定させるためには差押という手段が有効だからであり(我妻・前掲二八八頁、柚木・高木・前掲二八〇頁、川井・前掲五九頁)、差押は他の債権者や当該債権の譲受人に対し優先権を保全するために必要とされるものではない。

けだし、差押・転付債権者や債権譲受人らは当然担保権者による物上代位権行使を予想しうるものであり(今中・前掲二四頁)、また当該債権の譲渡により物上代位権の行使が妨げられるとすると債務者は簡単に物上代位権を免れることになり物上代位の制度は骨抜きになつてしまうからである(柚木・高木・前掲二八三頁)。

3 右の如く担保権者は、代位物たる債権を自ら差押える前に右債権が差押・転付され、または譲渡されたとしても差押・転付債権者、債権譲受人に対し物上代位権を主張しうるものである。

(三) 債務者の破産と物上代位権

物上代位権は前項で述べたように代位物たる債権の上の法定債権質権類似の優先権であるから債務者が破産した場合に別除権者(破産法九二条)として破産手続によらずに権利を行使しうるのは当然であり(破産法九五条)、破産宣告前に当該債権を差押えている必要もない(今中・前掲二六頁、二七頁)。

(四) よつて右の点について法令の解釈を誤つた原審判決は破棄されるべきものである。

二、民法四九四条の解釈の誤りについて

上告会社が取得した本件債権のうち六六五万円についての債権差押、転付命令は、前項で述べたところから明らかなように確定的に有効であるから訴外東洋エンジニアリング株式会社により「債権者不確知」を理由としてなされた本件供託は無効というべく、本件供託を有効とした原審判決は民法四九四条の解釈を誤つたものであるから破棄されるべきである。

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